2009年春の引っ越し①「引っ越し決定」

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2008年12月、福祉系の学生だった二女の就職が決まった。

経済的な事情もあって(それが一番大きい)
わが家は翌年の春に初めて地元を出て引っ越すことになった。

すでに就職していろいろ助けてくれている長女の町と近くなるので
県北の不便な田舎にいるよりは行き来しやすくなり何かと心強い。

でも、中1(当時)の長男は転校するのを嫌がった。

そりゃそうだよね
じゃあ、あと2年はじいちゃんばあちゃんの家に世話になろう。

ということで
古くてボロい借家は出ることにした。

とりあえず、二女と三女は(わずかな)家財と共に引っ越して
私と長男は実家で過ごし
学校が休みのときに引っ越し先へ行くという二重生活(?)

そして2年後、長男の進学先を新居から通える高校にして
中学卒業と同時に移住しよう。

…と、いうのが当初の計画だった。


年明けから長年の荷物の整理とかをやった。

その作業がめちゃめちゃ大変(><)

私が普通の体なら
こういう大きな出来事は楽しんで
はりきって動きまくると思う。

でも、楽しみたくても体が自由にならない(T_T)

30分くらい作業すると1~2時間横にならなきゃ
次のことができなくなる。

それを一日に2回もすればかなり具合い悪くなってしまう(T_T)

鎮痛剤を飲んで、効いてる間にまた少し片付けて…
そしてまた痛みが酷くなりバテる。。。ミ(o_ _)o

間では普段の炊事や洗濯もやらなきゃいけないし…(T_T)

1日にできる作業がほんのわずかだから
早くから取り掛かってるのになかなか進まない(T_T)

でも、仕方ないからまた鎮痛剤飲んでがんばって…
そしたら今度は胃の調子がぁ~(>o<;)

そんな中、プチうつに陥り
涙がぽろぽろぽろぽろ出て(;_;)

なんだか子どもに引き取られるおばあさんみたいで
すごく情けなくなったりして(;_;)

このボロい借家で子どもたちを育てた日々を
いろいろと思い出したり(;_;)

こんな感情は本来なら
かなり年を重ねてから味わうもんなのに…
多分80歳くらいで…
私はまだその半分しか生きてないのに…

この町やこの家に未練があるわけじゃなくて
脳脊髄液減少症になって
BP受けてある程度回復はしたものの
完治には程遠くて
とうとう子どもの厄介になる
そんな現状が
どうしようもなく悲しくなって(;_;)

それでも子どもたちがちゃんと考えて
面倒みてくれるって言うんだから
本当に幸せなことで…

それはよくわかってるんだけど
いろんな感情を整理仕切れなくて
毎日、毎日、
涙がぽろぽろぽろぽろこぼれた…。
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