私は甘えているのか?

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子宮頸ガンの検査結果を聞いて
ホッとしたことはなんとなく覚えていたけれど・・・
この頃の他の記憶はほとんどない。

当時の手帳を見てみると、
自分と三女のカウンセリング、
祖母の通院、
小学校の行事、
生協の委員会などで動いていた。

運転はできていたので
生協の活動は行って座ってお姫様していた。

手帳には、月に1度の委員会と委員長会の他に
「折り梅委」「福祉委」の文字がある。
映画「折り梅」は、
アルツハイマーの姑を介護する嫁の話。
その上映会の実行委員をしていたんだけど・・・
どんな実行委員会だったか覚えていない。
「福祉委」と書いてあるのは何だろう?
思い出せない。

その頃のことでなんとなく覚えているのは、
長距離の運転はできなくなっていたけれど
1時間半くらいの場所なら行けていたこと、
いろいろな作業はできないけれど
座ってしゃべることはできていたことだ。
甘えさせてもらえる場所があると感じていた。


2004年だったか、2005年だったか・・・
夏の日のことだ。

中学校の清掃の参加を呼び掛ける電話が
PTA役員さん(女性)からあって、
「体調が悪いので、すみません・・・」って謝ったら、
「この暑さじゃみんな体調悪いんですからね!」
って、ヒステリックに言われて、
とても落ち込んだことがあった。

(そっか、みんな疲れていてしんどいんだ。
 なのに動けない私は情けないヤツなんだ。)

他にも周囲の年配者の目が厳しかったりとかで、
自分がすごく甘えている人間のように思えて
かなり自分を責めてみたものの…
でもやっぱり体がどうにもならない。

それでもまだ肉体労働でなければ動ける日もあって
思考力の衰えに気づかないまま
あれやこれやで動く日もあった。

そんな状態が長く続くうちに
体の状態はゆっくりと悪くなっていったらしい。

手帳に書いてあることを読んでも
2004年や2005年のことはほとんど思い出せない。

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